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水戸地方裁判所 昭和32年(行)10号 判決 1958年5月26日

原告 椎名燿

被告 牛久町長

主文

被告が、茨城県稲敷郡牛久町大字久野字金花桜丁五三一番田八畝十三歩について、昭和三十二年五月一日附をもつてなした滞納処分はこれを取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一、当事者の申立

原告は主文と同旨の判決を求め、被告は請求棄却の判決を求めた。

第二、当事者の主張

一、原告の請求原因

1、原告は古くから茨城県稲敷郡旧奥野村に居住していたものであり、昭和三十二年二月十日右奥野村は牛久町に合併されたのであるが、被告牛久町長は、原告に別紙目録(一)記載の昭和二十六年度固定資産税第一期分他三十一件合計金三万四千八百九十円及びその督促手数料合計金五百円累計金三万五千三百九十円の滞納ありとし、その滞納処分として昭和三十二年五月一日原告所有の稲敷郡牛久町大字久野字金花桜丁五三一番田八畝十三歩に対し差押をなし、その差押調書は同月三、四日頃原告に送付された。そこで原告は被告に対し同月六日右の差押につき異議の申立をしたところ、被告は同月十六日附牛税発第三一号をもつて原告の異議申立を棄却する旨の決定をなし、原告は同月十八日その決定書の送付を受けたのである。

2、しかしながら、原告は昭和十年五月十八日部落民一同から文書を以ていわゆる村八分の通告を受け、それ以来部落民との交際は勿論、旧奥野村役場からも村民としてのすべての取扱を絶たれたもので、今日まで村長または町長から徴税令書や督促状等の交付を受けたことは一度もないのである。別紙目録(一)記載の各税についてもその徴税令書や督促状が原告に交付されていないことはいうまでもない。それ故、前記差押処分はその前提要件を欠き違法の行政処分であるから、その取消を求めるため本訴請求に及んだ。

二、被告の答弁及び主張

1、請求原因1の事実は認める。

2、同2の事実中原告が部落民から村八分の通告を受けたとの点は不知、その余の事実は否認する。被告は別紙目録(一)記載の各税につき別紙目録(二)記載のように各納期を指定した徴税令書を区長若しくは班長の手を経て原告に交付しているのである。しかるに原告はその納期迄にいずれも納付しないので被告は更に同目録(二)記載のように各納付指定期限を付した督促状を普通郵便で発送し、該督促状はいずれも発送後遅くとも三日以内には原告方に到達しているから、被告が滞納処分としてなした原告主張の差押には何らの違法もないのである。

第三、(立証省略)

理由

稲敷郡奥野村は昭和三十二年二月十日牛久町に合併されたこと、被告牛久町長は、原告に別紙目録(一)記載の昭和二十六年度固定資産税第一期分以下町民税県民税及び国民健康保険税を含む三十二件の税金合計三万四千八百九十円及びその督促手数料合計金五百円累計金三万五千三百九十円の滞納ありとし、その滞納処分として昭和三十二年五月一日原告所有の稲敷郡牛久町大字久野字金花桜丁五三一番田八畝十三歩に対し差押をなし、その差押調書は同月三、四日頃原告に送付されたこと、そこで原告は被告に対し同月六日右差押について異議申立をしたこと、被告は同月十六日附牛税発第三一号をもつて原告の異議申立を棄却する旨の決定をなし、原告は同月十八日被告からその決定書の送付を受けたことは当事者間に争いがない。

ところで、地方税法の規定によれば、固定資産税の徴収は普通徴収の方法によるべきものとされ、町民税県民税については原則として普通徴収の方法により徴収すべきものとされ(本件の分は例外の場合に属しないことは弁論の全趣旨により明らかである。)又牛久町では国民健康保険税も条例の定めにより普通徴収の方法によつて徴収することとされていることは弁論の全趣旨により明らかであつて(以上地方税法第三百六十四条、第三百十九条、第四十一条、第七百四条、第七百六条参照)地方税の普通徴収は徴税吏員が徴税令書を当該納税者に交付(郵便をもつてする送付を含む。)することによつて当該税金を徴収することをいうのであるから(同法第一条第一項第七号)、前記の各税については徴税令書の交付がないかぎりまだその納税義務が具体的に確定しないものというべきである。そして原告は徴税令書の交付を争つているので、原告に対する別紙目録(一)記載の各税につきその徴税令書が被告主張の頃それぞれ原告に交付されたかどうかについて判断する。成立に争いのない乙第二号証、証人中根正雄・同椎名惣一・同野口実の各証言によると、牛久町においてもまた同町に合併する前の奥野村においても、村(又は町)役場から村(又は町)民に対して徴税令書を交付するときには、先ず役場から各大字の区長にこれを一括して配付し、区長は次にこれをその区内の農事実行組合長ないしは班長に分配し、組合長ないしは班長が更にこれを組合員又は班内の住民に直接又は間接に(人を介して)配付するという方法を採つていたのが一般であつたこと、しかし原告は従来他の部落民よりいわゆる村八分のような扱いを受け他の部落民との間に交際がなく、実行組合にも入つていなかつたので、原告に対する徴税令書の配付は、昭和二十六年四月頃からはその頃奥野町大字久野の区長に就任した訴外中根正雄が、また昭和二十八年四月頃からはその頃同村大字久野の副区長に就任した訴外野口実が、そして更に昭和二十九年七、八月頃からは右野口の後を受けて副区長の職を継いだ訴外椎名惣一において、それぞれ自らこれを引き受けていたものであること(但し椎名惣一は原告の近隣の者に依頼して渡してもらつたこともある。)、けれども、右三名とも原告自身に対してその徴税令書を直接に手渡したことはなく大抵は原告の家人に渡して帰つたものであり、たまたま原告は勿論その家人も全部留守の場合には原告方の表入口のわきにある十畳の間の外側の戸障子の間にはさんで帰つたことも中根の場合は一回、椎名、野口の場合は各一、二度あつたこと、これらの事実が認められ、しかも右のように原告方の家人に手渡したのと戸障子の間にはさんできたのとが、別紙目録(一)記載のどの分に当るのであるかはこれを確かめる資料がなく全く不明なのである。原告本人の供述中徴税令書が配布されたことは一度もないとの趣旨の部分があるけれども、措信することができず、他に前記認定をくつがえすに足る証拠はない。してみると、原告に対する別紙目録(一)記載の各税についてその徴税令書が原告に全然交付されていないとはいえないけれども、少なくとも、前記のように令書送達の事務にたずさわる者が原告方家人全部不在の際に戸障子の間に令書をはさんできた分についてはとうてい適法な令書の交付があつたものとは認められないのであり、しかも右の適法な交付のなかつた分が別紙目録(一)記載の各件のうちいずれであるかが不明なのであるから、結局いずれの件が適法に徴税令書を交付されたものであるかが確定しないこととなるわけであり、即ち別紙目録(一)記載のいずれの分についても適法な徴税令書の交付があつたとの事実を認め得ないものといわねばならない。そうだとすると原告に対する別紙目録(一)記載の各税についてはいずれもその賦課処分がなお効力を生ぜず、納税義務が具体的に確定していないものというべく、その確定していることを前提とし、督促手続を経たとして被告町長のなした本件滞納処分は違法な行政処分であつて、取消を免れないのである。

よつて、その余の点についての判断を加えるまでもなく原告の本訴請求は理由があるからこれを正当として認容し、被告町長が昭和三十二年五月一日附で原告所有の前掲田八畝十三歩に対してなした滞納処分としての差押はこれを取り消すこととし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 多田貞治 広瀬友信 羽石大)

(別紙目録省略)

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